太陽誘電株式会社

電子部品電機・精密機器・電子部品

変化とは恐れるものでなく、楽しむもの

「私くらい適当でいい加減な人間はいませんよ」と語る登坂。 「適当でいい加減」の言葉の裏にある真意について、登坂自らが語ります。 登坂 正一〈とさか・しょういち〉 太陽誘電株式会社 代表取締役社長 CAREER PATH 1979 太陽誘電(株)入社。研究開発本部 材料開発課に所属し、積層セラミックコンデンサの開発に携わる。 1983 総合技術研究所で主任となる。以後管理職としてのキャリアを積む。商品開発から生産技術まで幅広く携わる。 1990 大阪で営業活動に従事後、積層セラミックコンデンサ事業に復帰。 2001 業務役員に就任。海外生産拠点における製造設備の稼働状況の見える化などを指揮。 2006 取締役上席執行役員に就任。 2015 代表取締役社長に就任。

セラミックの材料技術を核に、幅広い市場に事業を展開していきたい。

2015年に社長に就任した私は、多くの仲間たちとともに電子部品に欠かせない素材の開発や、それを用いた電子部品の生産でオンリーワンの企業を目指しています。積層セラミックコンデンサをはじめとする当社の電子部品は、エレクトロニクス製品を構成する最小単位のパーツと言えるものであり、身近な例でいえば、皆さんもお持ちであろうスマートフォンやパソコンなどに搭載されています。現在、太陽誘電は、こうした情報通信分野などの市場に安定的に製品を提供するだけではなく、電子化が進む自動車、情報インフラ・産業機器、医療・ヘルスケア、環境・エネルギーなどの市場にも積極的に参入しています。また、AIやIoTが産業のキーワードとして注目を集めていますが、こうした次世代のエレクトロニクス技術の実現に不可欠なのが、当社の技術や製品。これまで培ったノウハウを生かし、さらには保有する技術や製品を組み合わせたソリューション提案をすることで、先に挙げた市場だけではなく、あらゆる分野に挑戦することが可能と考えています。
材料技術を基盤に、産業や社会の急激な変化にしなやかに対応し、社会のニーズにマッチした製品やソリューションを提供していく。それが私の描く太陽誘電の理想の姿です。環境の変化を恐れず、自ら変化を楽しむ。そんな「変化大好き人間」が活躍できる企業を目指しています。
なぜそのように思うのか。それは私のこれまでのキャリアが、変化という言葉なしでは語れないから。どちらかと言えば適当な性格の私が、こうして今、社長として働かせてもらえているのは、与えられた使命に向かって自分を変化させ続けることができたからだと考えています。
実は変化を促す最大のチカラこそ「適当力」なのです。一般的にネガティブな意味にとらわれがちな適当という言葉ですが、既存の常識や先入観に執着することなく、環境に適するように自身を変えられる、激動の現代社会を生き抜くために不可欠な能力と言えます。近年、困難に対してしなやかに適応する力という意味のレジリエンス(Resilience)という言葉がもてはやされていますが、私の「適当力」はほぼレジリエンスと同じ意味です。
これからお話しするのは、私の「変化と適当」のキャリアストーリー。皆さんが社会人になるにあたって、少しでも参考になれば幸いです。

常識にとらわれないアイディアで、起死回生の製品開発に成功。

私の「適当」人生は、大学時代から始まっていました。専攻はセラミックでしたが、実験室に通うこともほとんどなく、卒業後に故郷の群馬に戻るまでの4年間、たっぷり遊ばせてもらおうという魂胆の、どこにでもいる学生でした。けれども興味を持ったことについては、一心不乱に勉強に励みました。私が夢中になったのは、素材を設計するためのプログラミングの開発。数学が好きだったこともあり、セラミックの実験はそっちのけで計算科学の分野にのめりこみました。就職先を太陽誘電に選んだのは、故郷で働くという家族との約束を果たすため。群馬県に本拠地がある太陽誘電なら親も納得してくれるだろう、大学時代にかじったセラミックの知識が生かせればなおいいな。そんな程度の入社動機でした。
ところが、当時の太陽誘電は、会社の存続をかけた開発競争で窮地に追いやられていました。次世代のセラミックコンデンサの主流になるだろう積層セラミックコンデンサの開発においてライバル社に大きく水をあけられていたのです。こうした状況にあって、入社したての私も積層セラミックコンデンサの開発に従事することになりました。
後発である太陽誘電がライバル社に追いつくためには、ライバル社と同じことをしていては駄目です。私達がチャレンジしたのは、高価な貴金属であるパラジウムの内部電極を安価な別の金属(ニッケル)で代用すること、そして生産プロセスにおいて用いられる有機溶剤を極限まで減らし、水で代用することでした。
そうすることで、価格競争力が高く、生産プロセスにおいて環境負荷の少ないコンデンサが作れるはずだと考えたのです。
私達のチャレンジは、失敗の繰り返しでした。しかし「夢中に」「適当に」やっているうちに、幸運にも量産の目処をつけるところまでこぎつけることができました。
こうして私の1年目は、思いがけなく、太陽誘電の将来の基幹部品の基礎を作ることに繋がりました。

想定外の結果が出ることに喜びを感じたエンジニア時代。

積層セラミックコンデンサの開発に携わった後も、数年間はエンジニアとして技術開発部門で働きました。エンジニアの中には、仮説通りに研究成果が得られることに達成感を得る人もいますが、私はそれでは満足できない。むしろ、仮説と違う想定外の素材が生まれることを期待していました。実験の成果をすぐにこの目で確かめたいと、実験室の炉の付近に布団を持ち込んでワクワクしながら待ち続けたことも。今のご時世では考えられませんが、それだけ仕事に夢中だったのです。
また当時は社員数が少なかったため、素材の開発だけではなく製造ラインの検討など幅広い業務も兼務していました。その多くは、大学時代の専攻とは違うもの。初めて挑戦することも数多くありました。けれども、そこで「この仕事は自分の専門分野と違う」と拒絶することはまったくありませんでした。与えられた仕事に対しては自分を変化させる、そして楽しみを見つけながら前向きに取り組む。ここでも自分の考えやポジションに固執することない、「適当力」が生かされたと思います。そんな私の持ち味を上司が評価したからでしょうか。入社して5年後には、組織をマネジメントする管理職に就くことになったのです。こうして私は、管理職として刻々と変化する市場に臨機応変に対応しながら様々な製品の開発に携わることになりました。それぞれの業務は時に苦労したこともありましたが、大きなやりがいを持って仕事に臨んでいました。

製造工程改善の責任者として、大きな決断。

私が再び積層セラミックコンデンサ事業に呼び戻されたのは、そんな最中でした。実はかつて私達が開発した積層セラミックコンデンサは、素晴らしい特性をたくさん持っていましたが、その一方で品質が安定しなかったのです。
私はすぐに原因の究明にあたりました。すると、不安定さの原因になっているのが、製造工程に使用している「水」であることがわかったのです。水は溶剤ではないため、環境には良い。しかし製造工程に水を用いることは、セラミック粉体が水に溶けやすい性質を持っているため結果的に素材の開発工程において大きな負荷をかけていたのです。それ以外にも、製造工程で水を使うデメリットをいくつも発見しました。そして次のような結論を出したのです。
「確かに水を使用することによって、部分的には環境に配慮していると言える。しかし全体から見れば、開発スピードや製品の品質を落としている。それでは意味がない、溶剤を用いよう」。
その判断は多くの反対にあいました。水を提案した私が、今度は水を切り替えようとしているのですから、当たり前です。かつての上司からは「君は裏切り者だ!」と強い言葉で批判されました。
それでも私は自分の決断を信じ行動に移しました。部分最適にこだわるのではなく、全体最適を優先すべきという考えは、積層セラミックコンデンサの開発にずっと従事していたら、もしかしたらできなかったかもしれません。一歩外に出て幅広い視野を持ったからこそ、冷静に課題に向き合うことができたのです。
製造工程の見直しが一段落した私に、次のミッションが与えられました。曰く、「君が手掛けた積層セラミックコンデンサを、今度は君自らで販売してほしい」と。10年以上にわたって技術開発畑で働いていた私にとって、営業は全く見当のつかない分野ですが、ここでもあまり苦手意識を持つことなく、新たなフィールドで働いてみようと挑戦することにしました。1年に満たない営業経験でしたが、お客様に当社の製品の価値を伝えるためには何が必要か、身をもって学ぶことができました。目の前の製品について伝えるだけではなく、今後当社がどのような製品をリリースしていこうとしているのか、それによってお客様の機器がどのように変化し、競合との差別化が図れるか、その道筋をプレゼンテーションすることで、はじめて購買意欲を高められることに気づかされました。
1991年より、再び技術部門の管理職としてのキャリアを歩み始めました。パソコンの需要増加に向けて、メーカーからの注文が殺到しはじめたのもその頃。今思えば私の1990年代は、積層セラミックコンデンサをパソコンメーカーに安定的に供給するための生産体制の強化に奔走した10年間でした。

製造設備、そしてスタッフの見える化を促進し、生産性の向上を目指す。

その後、私は2001年に業務役員に就任します。初めに取り組んだことは、海外各地に広がる生産拠点の設備の稼働状況をリアルタイムで把握すること。現状の「見える化」によって課題を分析し、その対策に取り組もうと考えたのです。しかし最初は拠点長の一部から賛同が得られず苦労しました。現場を知らない日本の本部から管理されるということに、不満を感じたのでしょう。それに対して私は「一元的に管理することによって、より効率化が図れ、もっと面白いことができるようになる」と、拠点長にしっかりと、辛抱強く、その目的や効果を伝え続けました。こうした地道な努力の結果、設備の見える化体制を世界規模で整備することができました。成果がデータとして明確に出ると各拠点の責任者たちは良い意味で競争意識を持つようになり、結果的に生産性が向上したのです。
この見える化をさらに推し進めたのが、現在全社的に進めている「smart.Eプロジェクト」です。前回のプロジェクトは設備の稼働状況の見える化でしたが、このプロジェクトは製造スタッフもターゲットにしています。たとえば、マニュアル通りにスタッフが作業をしても、そのスピードや品質には差が出てしまいます。その原因を解明し、効率的なオペレーティングを確立し、最終的には製造設備とスタッフのオペレーティングを連動させたスマートな生産体制の構築を目指したいと考えています。冒頭にお話しした通り、太陽誘電は新市場への拡大を積極的に展開し、2025年度には売上高4,800億円を目指しています。そのためには、やみくもに製造拠点を拡大し人員を増やすのではなく、各スタッフの能力を高め、スマートで高効率な生産体制を構築しなければならないのです。こうしたプロジェクトもまた、既存の生産体制に固執することなく、変化を求め、楽しもうとする私ならではのスタイルと言えるでしょう。
入社1年目から、社長となった現在まで、このように私の太陽誘電でのキャリアとは「適当力=Resilience」を大切に、周囲の変化に柔軟に対応してきた軌跡に他なりません。皆さんも、自分の可能性を限定し枠に閉じこもることなく、自ら変化を楽しみ、可能性を広げてください。それを積み重ねることで、皆さんの人間力が高まり、自然と周りには多くの人が集まるようになります。信頼する仲間に恵まれながら仕事に励む。そんな素晴らしい生き方を、ぜひ実現してください。

経営者として心がけていること/チャンスは平等、大切なのは気づくこと!

会社の社長がどんな仕事をしているか、想像できますか?一言で言えば、今後の方向感を指し示すこと。そのためにはお金儲けのことだけを考えるのではなく、常日頃から社会の様々なトレンドや課題に目をむけることが必要です。私は理系出身ですが昔から漢文などにも興味を持つなど、もともと好奇心が旺盛な性格。アンテナを広くはり、知識の引き出しを数多く持つように心がけています。
社員によく話していることですが、成功のチャンスはみんなに平等に訪れています。しかしながら多くの人々は、目の前のチャンスに気づくことができずにいます。実は私が率先している「見える化」も、言い換えればビジネスチャンスに気づけるシステムの構築に他なりません。

経営者として心がけていること/チャンスは平等、大切なのは気づくこと!

理系学生の皆さんへ:何事も繰り返すこと。イノベーションにつながる変化は繰り返しの果てにしか発見できない。

繰り返すことの大切さを、知ってほしいです。私の学生時代と違って、現在の学生は本当に勉強熱心で、びっくりするほど賢い。しかしその反面、頭の中ですぐに結論を出してしまい、あきらめてしまうことも多いように見受けられます。しかしこれでは「変化」を見つけることはできない。無心になって何度も繰り返し、現象と向き合うことで、はじめて変化に気づくことができるのです。
そのことを最近、改めて実感することがあります。自宅にある畑の草むしりです。ただ黙々と畑の草むしりをしていると、雑草の生え方が季節や場所によって微妙に変化していることに気づくのです。些細な日常生活の1コマではありますが、草むしりを終えた達成感とともに、繰り返しの中から得られた雑草の変化の気づきは、私の知的好奇心を満足させるものでもあります。
面倒な作業の繰り返しを避け、頭の中だけで結果を描いたとしても、それは残念ながら他の人も考えている安易なもの。そうではなく、リアルな体験を繰り返し行うことで知り得た変化や想定外な結果こそが、実は誰も知らないことであり、イノベーションにつながる種になるのです。

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